レストランで水を頼んだら1000円! ベルギーの外食事情。

Lifestyle 2021.10.18

From Newsweek Japan

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photo: ti-ja

文/岸本聡子

街に人が戻ってきた。コロナの多少の規制は残っているが(たとえばお店内でのマスクの着用)それ以外のルールのほとんどは緩まるか、なくなった。テラスだけだったレストラン・カフェは店内の営業も可になったすでに数カ月。長いこと外食の機会がなかった市民は、久しぶりのレストランやカフェでうきうきしているように見える。いままでずっと行かなかったしと、私も財布の紐が緩んでいる。

一般的に、ベルギーでの外食は高い。労働費が比較的高いのと、食事サービスに課せられる付加価値税21%があるので、レストランが頑張っても安くできない事情がある。客にとっては高い外食でも、アジア系レストランで最近アルバイトを始めた息子に言わせると、食べ物ではたいした利益は出せないという。飲み物の利益率が大きいことは想像がつく。素人の息子が適当に作っているモヒートなどのカクテルでも、最近では一杯10ユーロ(約¥1300)もしてばかばかしい。

私が書きたいのは水についてだ。最近流行りのラーメン屋さんを例にしよう。ラーメンは安くない。相場は15ユーロ(約¥1950)ほどか。塩辛いラーメンには水が欠かせない。ところがベルギーでは小さなビン(200ml)の水を2.5ユーロ(約¥325)で買わなくてはいけない。200mlの水でラーメン一杯はつらい。ただでさえ高いラーメンと水を2本頼めば合計20ユーロ(約¥2600)も払わなくてはならない。だから私は行かない。ラーメン屋でなくすべてのレストラン、食堂、ブラッセリー、カフェ、バーがそうなのだ。カフェでエスプレッソやカプチーノを頼んでも、水は別に買わなくてはいけない。

私だって、レストランで水だけで済まそうとは思っていない。ワインボトルを一本を頼み、子どもには炭酸飲料水(200ml)を頼んでいる。一般的に味が濃い外食で水なしはつらい。子どもに2本目のコーラは与えたくない。それで1L瓶のミネラルウォーターも注文することなる。それがそれが8ユーロ(約¥1040)なのだ。最近ではもっと高くなっているかもしれない。

私の機嫌は悪くなる。もう外食したくないと思う。私は仕事柄水道水に詳しく、この地域の水道水が安全でおいしいことをよく知っている。あるとき、メキシコ料理屋でワインを注文した上で、水道水(タップウォーター)も持ってきてくれる?とさりげなく言ってみた。すると店長らしき人が出てきて、「ここの地域の水はカルキが多くてとてもお客さんに出せない」と必死で言い分けするので苦笑した。誠意のある店長だったのかもしれない。要はレストラン業界の不文律の合意で水道水は提供しないと決まっているのだ。水は飲み物の中でもいちばん儲かる。

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隣国を見れば、ベルギーがこの点で特殊なことがわかる。オランダでもフランスでも、当たり前のようにカラフェやおしゃれなガラス製ボトルに入れたタップウォーターが各テーブルに提供される。客が水道水を求めた場合、レストランはそれを断わってはいけないという法律もあるらしい。それは水が基本的な人権だという考えに基づいている。日本に帰って、どこでご飯を食べても冷たい水が何も言わなくても提供されるだけで私は感動してしまう。温かいお茶のサービスなんてそれだけで熱くなり、料理が多少まずくても、幸せな気持ちで店を出ることになる。

ベルギー人がこの理不尽さに寛容なのは文化的な面もありそうだ。水道水がまったく問題なく飲める恵まれた環境にも関わらず、相当の世帯がペットボトル入り1.5Lのミネラルウォーターを日常的にスーパーなどで買っている。統計を見たわけではないが、そういう世帯が主流のようだ。ミネラルウォーターを買う文化が染みついている。

スペインの科学的機関の調査によると、ペットボトル水は資源の利用、エネルギー、廃棄物などの環境的インパクトが水道水に比べて最大3500倍だという。経済的に見ても、ペットボトルに詰められた水の値段は、水道水のおよそ2000倍。それにも関わらず、大量の重い水を運ぶために、近所のスーパーに車で行くことが当たり前のベルギー。これだけ、環境や気候変動の危機が報道されても、経済的な合理性がなくても、人は容易に習慣を変えない。習慣は文化となる。ここ数十年のペットボトル水産業のマーケティングと広告の成果だ。ベルギーだけではなく、日本でもペットボトル水はヘルシー、おいしい、かっこいいというイメージでシェアを伸ばし続けている。

レストランで提供されるミネラルウォーターが、ペットではなくリユースのガラス製ボトルであることは多少の救いではある。ベルギーでも、レストランでタップウォーターを提供するよう呼び掛けるNPOが、そのようなレストランのマッピングをしている。多くの人たちが外出時にはマイボトルを街歩くようにもなった。また、私が日常的に通う地域のスポーツセンターには最近、マイボトルに水を入れられる給水機が設置された。

こういう小さな変化はうれしいし、思っている以上に影響力がありそうだ。スポーツセンターに来るのは若年層や小さな子どもの両親も多いので、マイボトルの給水機は新しい環境配慮型文化として浸透するだろう。ベルギーには、ワロン地方、フランダース地方、ブリュッセル地方それぞれに水道公企業があり水道サービスを提供しているが、いずれも世界トップクラスのやる気がある公企業だ。マイボトル給水機は、環境負荷の高いペットボトル水を買う必要がないことを実体験できる有効なツール。水道公企業は野外も含めた公的な場所に積極的に拡大して、新しい文化を作ってほしい。

岸本聡子

1974年生まれ、東京出身。2001年にオランダに移住、2003年よりアムステルダムの政策研究NGO トランスナショナル研究所(TNI)の研究員。現在ベルギー在住。環境と地域と人を守る公共政策のリサーチと社会運動の支援が仕事。長年のテーマは水道、公共サービス、人権、脱民営化。最近のテーマは経済の民主化、ミュニシパリズム、ジャストトランジッションなど。著書に『水道、再び公営化!欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』(2020年集英社新書)。趣味はジョギング、料理、空手の稽古(沖縄剛柔流)。

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text: Satoko Kishimoto

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