手仕事を魅力的なブランドに変身させた、フランスの新世代職人。

Society & Business 2021.11.29

金細工師、陶芸家、ガラス職人……手仕事と経営者としての成功の完璧な方程式を見つけたフランスの女性たち。彼女たちの作品が世界中に輸出されている。新しいフレンチ・タッチの輪郭を描く新進気鋭の実業家たちに出会った。

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2012年に陶磁器ブランドを立ち上げたアリックス・D. レニス。photo:presse

磁器の匠と呼ぶにふさわしいヴィルジニー・ブソクの冒険は、起業家にとってまるでおとぎ話のようなストーリーだ。

長い間、磁器は彼女にとって趣味でしかなかった。ところが2016年、ひとつの出会いが彼女の運命を大きく変えた。当時、パリのオテル・ドゥ・クリヨンでエグゼクティブ・シェフを務めていたクリストファー・アッシュが、サン=レミ・ドゥ・プロヴァンスのある店で彼女の作品に目を留めた。ホテル内のガストロノミック・レストラン「レクラン」で使うテーブルウェアのためにクリエーターを探していた彼が、植物や花冠や花弁が散りばめられた蜘蛛の巣のような繊細なフォルムの優美な器に魅了されたのは当然のことだった。レクランのテーブルを彩るために、ヴィルジニーはマッシュルームを模した器を創作した。大成功だった。評判となり、たちまちグランシェフたちが彼女の作品に夢中になる。

彼女はそこでブランド「オルガ. etc」を創業。ブランド名はイタリア人の祖母の名前から取った。こうして冒険が幕を開けた。「以前から白い素焼きの磁器が大好きでした。少し日本ぽい雰囲気もあって、とても繊細な焼き物です」と彼女は語る。

現在はエレーヌ・ダローズ、ヤニック・アレノ、アルノー・ドンケルといったシェフたちのために作品を準備しているところだ。いまでは、いくつもの有名レストランで、彼女の作品に出会うことができる。個人顧客からの注文数もうなぎのぼりだ。ポップアップストアを出店するたびに、人々が長い列をなす。おかげで在庫が不足し、期間の途中で店仕舞いしなければならなくなることも……。

9月初頭にはグラン・パレ・エフェメールで開催されたアートフェア「アート・パリ」で彼女の装飾彫刻作品が展示され、芸術家としての才能も公に認められた。

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動作の芸術

どうしたら職人技を、グローバルに展開する魅力的なブランドに変身させることができるのだろうか? 話題の書籍『Makers Paris』(Prestel出版、2020年)が強調するように、手仕事を志す人は増えてきているが、職人としての才能を経営者としての成功に結びつけられる人はめったにいない。なぜなら、作ること、審美的感覚、さらにターゲットを射止める的確な感性との間には、ときに大きな溝があるからだ。イメージを作り上げ、収益を上げるまでには、困難に満ちた長い道のりが待っているのは言うまでもない。

理想の方程式を見出した数少ない女性たちの代表には、麦わら象嵌(ぞうがん)の技術を現代に甦らせたリゾン・ドゥ・コーヌや、歴史から着想を得たゆがみのあるフォルムのリモージュ磁器を生み出したアリックス・D. レニスがいる。ナイトランプ、円筒形のカップ、広口グラス……、アリックス・D. レニスの提案するアイテムはどれもこれも欲しくなってしまうものばかり。

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アリックス・D. レニス

photo:Alix D. Reynis

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小さな水差しと皿、アリックス・D. レニス

photo:Alix D. Reynis

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コレクション ミミ・トリソン x ADR、アリックス・D. レニス

photo:Alix D. Reynis

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ネパールに伝わる手織り技術を継承するアトリエ・フェヴリエのリザ・ミュキア・プレテは、デザイン性の高いオーダーメイド絨毯を手がける。ブランドのアイコンアイテムである青い葉をモチーフにした絨毯のように、作品をクライアントの家の床で直に仕上げることもある。

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絨毯、アトリエ・フェヴリエ

photo:Atelier Fevrier

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ビーズ刺しゅうを再解釈したべリンダ・ルデュック=ポラール、吹きガラスのイメージを刷新したエヴ・ジョルジュ、パリのアトリエで陶磁器を製作するカレン・スワミ、楽焼のスペシャリスト、ファビエンヌ・ロスティ。彼女たちにはどんな共通点があるのだろう? それは、古くからある技術を活かして、人が欲しくなるようなものや、こういうものが欲しかったと思わせる作品をクリエイトしたこと。そして、それぞれ独自のやり方で芸術やデザイン、ファッションを対話させ、古臭いと思われていた世界を現代によみがらせてみせたことだ。

度重なるロックダウン、キャンセルせざるを得なかった旅行。私たちはこれまでになく長い時間を家で過ごすようになっている。インテリアの見直し、くつろぎの空間を作る、時間をかけてこの世に一点しかない手作りのアイテムを探す、そんな傾向はいまも続いている。

インテリア関連オンラインショップは相変わらず盛況だ。マッチ・ファッション、ネット・ア・ポルテ、モーダ・オプランディといったファッション関連の大手オンラインショップもインテリア用品部門を設け、若いクリエーターたちが手がける陶磁器の皿や花瓶やタペストリー・クッションなど多くのアイテムがウェブサイトに並ぶ。しかしこうしたプラットフォームや、パリのボン・マルシェ百貨店やセレクトショップのメルシーで、誰もが作品を扱ってもらえるようになるわけではない。

それと同じように、マジックが起きるには腕を磨くだけでは十分ではない。いまや立派なロゴタイプを掲げているクリエーターたちはみな、ブランドを立ち上げるために寸暇を惜しんで働いてきたのだ。

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大切なのは過程

「とてもエネルギーのいる職業だということを忘れてはいけません」と、オード・オゲは力を込める。芸術系職人の起業や会社運営をサポートするネットワーク「アルティザン・ダヴニール」共同創始者である彼女はこう続ける。「急激に人気が出ることは珍しい。自分の手で何かを作り出せるのは素晴らしいことですが、会社を作るには多くの犠牲を覚悟しなければなりません」

アリックス・D. レニスは「起業したての頃は、まず従業員に給料を支払い、自分の報酬は後回しでした」と説明する。「最初は研修生を迎えることが多かったのですが、ノンストップで指導するのはとても大変。社員を雇うことができるようになってすぐに、まずはパート雇用から始めて、その後にフルタイムの従業員を雇いました」。最初の4~5年は、自宅の地下をアトリエに改装し、そこを作業場にしていた。自宅のサロンは事務所となった。

「何もかも自分でするのは難しい。どう頑張っても手は2本しかないし、1日は24時間しかないのですから……。ある段階で、どうしても下請けを探す必要が出てきました。作品の構想と型の製作までを自分で行い、リモージュの工場に型を送って製品に仕上げる作業を任せています」

最も大変なのは続けることよりも、世間に知られることだ。「知名度を上げるには、ほかのブランドとのコラボレーションが弾みになる場合が多い」と前述のオゲは話す。ヴィンテージのボールランプを改造した詩的な照明器具を展開するブランド「ヴァニティ・ブーム」クリエイターのアデライド・アンラールは、2017年のセザンヌとのコラボがきっかけで注目されるようになった。1年後のクリスマス期間中にボン・マルシェにスタンドを出したのも、ブランドのビジビリティを高めるのに効果的だった。

アリックス・D. レニスはボンポワン、セザンヌとのコラボに続いて、今年9月にはインスタグラムで活躍するスター料理人、ミミ・トリソンとタッグを組んだコラボレーションラインを発表した。

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360度の戦略

「何が購買欲をそそるかを定義することはできませんが、成功するにはビジネスパートナーやチーム、いい販売網を持っていることが絶対に必要です」と、インテリア関連オンラインショップ「ジ・インヴィジブル・コレクション」創業者のイザベル・デュベルヌは強調する。サイトでは、商品の製造の9割を優れた技量をもつフランスの職人たちに依頼し、その職人技にスポットを当てている。彼女のプロジェクトの独自性は、フランスの一流の工房のビジネスモデルを変革し、これまで主に個人の顧客を相手にオーダーメイドで製作を行ってきた職人たちの家具を小売販売すること。同時に世界中のインテリアデザイナーたちとのネットワーク構築にも勢力を注ぐ。

「マーケティングに嫌悪感を抱くアーティストや職人は多いですが、マーケティングというバネを使いこなすことは、職人の技をブランドに変えるために必要なことです」とデュベルヌは続ける。また、「職人ビジネス」を成功させている女性たちはみなインスタグラマーだ。彼女たちは写真の美しさに重点をおき、新作が完成するまでの舞台裏をストーリーで公開する。こうしたことを続けていくうちに、常連顧客や新しいものに目がないインテリア愛好家とのつながりが広がり、海外への販売が売上高の80%以上を占めるジ・インヴィジブル・コレクションのように、世界各国から注文が入る人もいる。

「投稿記事にお金を払うなど、金銭的な投資も躊躇してはいけません。」とアリックス・D. レニスは語る。時間を取られるコンテンツ制作はマーケティングチームに委託しても構わない。資金をつぎ込む価値はある。手作業や手触りや感覚を重視する業界において驚くべきことだが、こうした企業のなかには店舗を持たずに、すべてオンラインで管理しているところも少なくない。「反対に、インスタグラムでの成功をあまり当てにしてもいけません。なぜなら、いいねを数千回押してもらっても、必ずしもそれが売上げに繋がるとは限らないからです」とデュベルヌは釘を指す。「フォロワーと顧客を混同してはいけません」。別の言い方をすると、潜在的な購買者には個人的に返事をする、確実な配送ネットワークを構築する、SEO対策をしっかり取るといった基本を押さえることはやはり重要なのだ。

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クリエーションこそが原動力

ブランド化に成功した女性職人たちが口を揃えるもうひとつのキーポイントは、息切れしないためにファッション業界のサイクルを取り入れること。職人の技を活かしたプレタポルテブランド「ラ・プレスティック・ウィストン」は、創業者のローランス・マエオがファッションウィークの開催時期に合わせてコレクションを発表するという方式を採用してから売上げが伸び始めた。

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ローランス・マエオ、ラ・プレスティック・ウィストン創業者

photo:La Prestic Ouiston

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シルクの綾織ブラウス、ラ・プレスティック・ウィストン

photo:La Prestic Ouiston

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ヒョウ柄のアンサンブル、ラ・プレスティック・ウィストン

photo:La Prestic Ouiston

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アトリエ・フェヴリエは、陰影、渡り鳥の飛翔、占星術と15世紀の天文図など、毎回違うテーマのコレクションという形で新作を発表している。

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イシャ・ミュキア&フロリアン・プレテ、アトリエ・フェヴリエ創業者

photo:Atelier Fevrier

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絨毯「ノーチラス」、コレクション ロンブルより、アトリエ・フェヴリエ

photo:Atelier Fevrier

ヴァニティ・ブームも季節ごとに定期的に新作を発表し、そのつど時代の感性と空気に合った作品を提案している。こうした方法を採るのは、商品のラインナップを充実させるためだが、一方でデザインがコピーされるのを防ぐためでもある。模倣行為は宣伝に力を入れる小さなブランドにとって大きな脅威だ。「インターネットのおかげで、コピーは花盛り」と、ハンドメイドジュエリーブランド「ファウンドレイ」創業者のベス・バグデイケイは強調する。

世界最大規模のファッション通販サイト、ネット・ア・ポルテやファーフェッチでも取り扱われているファウンドレイは、ビヨンセ、カマラ・ハリス、デュア・リパ、ゼンデイヤといったセレブたちの御用達ブランドだ。「知名度を高める有効な手段であるSNSは、私たちを裏切るものでもあるのです。私たちクリエーターは脆い世界に生きている」。こうした問題に対して、多くのクリエーターたちは割り切って、ガブリエル・シャネルの言葉をよりどころにしている。「私のアイデアを盗みなさい。私にはほかにもアイデアがあるから」。彼女たちの心意気を買おう。

 

text:Sophie Abriat (madame.lefigaro.fr)

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