お姫様スタイルからリベンジドレスまで、ダイアナ妃のファッションの変遷が物語ることとは?

Culture 2022.08.16

ダイアナ妃のファッションは離婚後、大きく変化した。没後25年、ダイアナ妃の心境の変化と服の変遷についての本を出版したエロイーズ・モランにインタビュー。

関連画像:エロイーズ・モランが読み解く、ダイアナ妃の最高の「リベンジ・ルック」。

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ロンドンのサーペンタイン・ギャラリーにて、クリスティーナ・スタンボリアンがデザインしたブラックドレスを纏ったダイアナ妃。(ロンドン、1994年6月29日) photo: Getty Images

「シャイ・ダイ(恥ずかしやのダイアナ)」という愛称の奥ゆかしい女性、というのが長い間、メディアのダイアナ妃に対するイメージだった。しかしながら1994年6月29日、誰もがダイアナ妃の姿に目を奪われた。彼女はクリスティーナ・スタンボリアンがデザインしたドレスを纏い、ロンドンのケンジントンガーデンにあるサーペンタイン・ギャラリーでのチャリティディナーへ単身、にこやかにやってきた。それはボディラインを強調したオフショルダーのミニドレスで、宮殿の慣習をことごとく無視していたことからセンセーションを巻き起こした。ダイアナ妃はその晩、自分の結婚の破綻が公になることを知っていた。チャールズ皇太子がテレビに出演し、カミラ夫人との不倫を告白することになっていたからだ。人目を引くドレスを着ることでダイアナ妃は自分に注目を集め、メディア的に勝利を収めたと言えるのかもしれない。ダイアナ妃が再び手に入れた自由を象徴する「リベンジドレス」という言葉が生まれた瞬間だった。

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この瞬間のことを、ロンドン出身のエロイーズ・モランはずっと忘れられずにいた。長年アメリカに住み、ニューヨークのファッションブランド、オープニング・セレモニーの編集コントリビューターとして働いたこともあるエロイーズは2018年、インスタグラムにアカウント(@ladydirevengeslook)を開設することにした。その目的はダイアナ妃のワードローブから、結婚生活に対するリベンジ(報復)が表現されている部分を見つけ出すこと。こうして、華やかなルックも、明快なメッセージを含むルックも、チャールズ皇太子との関係が最初のほころびを見せた頃から発信されていたかすかなメッセージを含むルックもここに集められた。エロイーズ・モランにとって、それは「次第に育まれる自立心の象徴」だった。このアカウントはフォロワー11万8000人を得て、今年の6月に『The Lady Di Look Book』(原注1)の出版へとつながった。

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自分の結婚生活に関するメッセージを洋服を通じて発信できることにダイアナ妃はいつ気づいたのでしょう?

エロイーズ・モラン:「プリンセス」となったダイアナ妃は、マスコミも一般大衆も、誰もが自分の服装に注目していることにまず気づきます。当初、皆の興味はブランド名を知ってスタイルの真似をする方向に向いていました。しかし公の場で自由に発言ができない場合、服もコミュニケーション・ツールのひとつであるとダイアナ妃はすぐに悟りました。そしてその気づきは結婚生活の間もない頃から活用されたのです。1983年、ポロ競技の試合観戦で着た白い羊モチーフのセーターは、一匹の羊だけが黒かった。これが、服を通じての最初の自己主張でした。当時、チャールズ皇太子とうまく行っていなかったうえに王室も信頼できずにいた。明らかにダイアナ妃は一匹だけ混じった「黒い羊」で、ひとり浮いている自分、王室に対する幻滅を表現しています。

 

 

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ダイアナ妃自身が服を選ぶことは容易にできたのでしょうか?

ファッション面でダイアナ妃は自立していました。1981年、チャールズ皇太子と婚約した時点でアンナ・ハーヴィという、イギリス版『ヴォーグ』のスタイリストを雇います。紹介したのはダイアナ妃の姉で、いわば家ぐるみの付き合いがあった人です。アンナはデザイナーとつなぐ役目を果たし、そこからチーム作業が始まりました。ダイアナ妃は、スケッチやメモをデザイナーたちに直接送っていました。自分が何を主張したいか、何を着たいかをはっきりわかっていて、天性のファッションセンスがありました。

ダイアナ妃のスタイルの変遷をどのように捉えたらいいのでしょう?

1980年代前半のダイアナ妃は、ほのぼのとした可愛らしい服をよく着ていて、いわゆる「お姫様」スタイル初級編といった感じでした。非常にトラッドでコンサバなブリティッシュスタイルでしたね。当時のダイアナ妃は自分の体に自信がなかったようにも見受けられます。フィットするドレスやセクシーな服は一切着ていませんから。やがてビッグショルダーや肌みせといったこともするようになり、当時の一般的なイギリス人よりもインターナショナルでモードなスタイルを身につけていったのです。こうして、「シャイなダイアナ」から「リベンジのダイアナ」となりました。

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ワードローブからダイアナ妃の自信が読み取れるようになるのはいつ頃からでしょう。

1980年代のダイアナ妃の服には、ある種の幻滅、助けてほしい気持ちが表れていました。イギリス国民からはおとぎ話の主人公のように思われていたものの、本人としてはそうではないことを示したかったのでしょう。90年代になって離婚が現実味を帯びてくると、ステレオタイプを打破するようになります。王家の女性やプリンセスが何をすべきか、何を着るべきか、というしきたりからの解放の時が来たのです。

(原注1) エロイーズ・モラン著『Lady Di Look Book What Diana Was Trying to Tell Us ThroughHer Clothes(原題:レディ・ディ・ルックブック:ダイアナが服を通して伝えようとしたこと)』(St. Martin’s Griffin出版)

text: Alexander Peters (madame.lefigaro.fr)

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