美容注射の「闇」に潜入したフランスの番組が話題に。

Society & Business 2023.05.12

無資格者による施術で鼻を失いかけた女性や注射針が顔の中で折れたままになった少女、紙切れ同然の「注射資格証」を発行するセミナー……。フランスのテレビ番組「Envoyé Spécial(原題訳:特派員)」が、横行する無資格者による美容注射ビジネスの実態に迫った。

580_230514_plasticsurgery.jpegフランスのドキュメンタリー番組が、違法な美容注射の実態に迫った。(画像はイメージ)photography: Shutterstock

 

 

Twitter@EnvoyeSpecial

一部の若い女性たちは、「キム・カーダシアンカイリー・ジェンナーのようになりたい」と思って、美容注射を受ける。それもちゃんとした資格を持った外科や美容外科ではなく、SNSで安さを強調する無資格の「エステティシャン」に頼ってしまうのだ。今年2月に放送されたフランスの公共テレビ局「フランス2」のドキュメンタリー番組「Envoyé Spécial(原題訳:特派員)」では、増加し続ける「無資格者による美容注射」の問題に焦点を当てた。

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あやしげなセミナー

最初に紹介されるのは、インスタグラムで「注射技術ナンバーワン」の宣伝文句でPRしていた注射セミナーへの潜入取材だ。申し込みは、メッセージをプラットフォームに送るだけととても簡単に済んだ。記者の隠しカメラの映像からは、「トレーナー」たちが自分たちの活動の違法性を十分認識していることがわかる。受講者のひとりからリスクについて質問されたトレーナーのひとりは笑いながら、「顔をめちゃめちゃにしたらヤバいよ」と答え、「うまくやる」大切さの話にすり替えた。なお、違法な医療行為は2年の禁固刑と3万ユーロ(約450万円)の罰金に処せられる。

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練習台に志願してくる人たち。

講習はたった1日で、代金は1280ユーロ(約19万円)、もちろん現金払いのみ。午前中に3時間の講義、午後に実技演習がある。練習台は......本物の人間だ。素人によるヒアルロン酸注射の練習台になるのは、シワを減らしたい、あるいは唇を膨らませたいと思って志願してきた人たち。本物の医師が行うよりも4倍も安い、破格値にひかれたのだろう。

演習では突拍子もないことが起こる。たとえば18歳の少女のアゴに注射している際に針が折れる事態が発生した。「何でもない。よくあることよ」と「トレーナー」は安心させるように言う。折れた針先が皮膚に刺さったままでも大丈夫だったのか、その後何らかの処置が必要になったのかは知る由もない。この少女は名前も住所も残さなかった。それから数分後、注射を打たれた若い女性の唇が異常に腫れた。「エステティシャン」のひとりが「薬局に行ってアルニカの顆粒を買う」こと、そして何よりも「用法用量を守らなくていい」とアドバイスした。

講習の最後には参加者全員に「注射資格証」、要するに何の意味もない紙切れが渡される。注射実習を見ていただけの潜入記者にもこの紙は渡された。

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被害にあった顧客

安く完璧な顔を手に入れたいと願った結果が悲劇となることもある。南仏コートダジュール出身の若い女性、フェディラは、違法注射のせいで鼻を失いかけるという痛ましい体験をした。発端はインスタグラムで自称専門家に予約を入れたことだった。彼女が携帯電話で施術の様子を撮影していたので、大惨事へと繋がったこの時の驚くべき状況が明らかになった(衝撃映像なので閲覧注意)。施術場所は「専門家」の友人たちが一時的に借りていた住居で、部屋に子どもが寝ている。衛生ルールは一切無視、つけ爪をしている施術者は手袋さえはめていない。そして指先にトイレットペーパーを持ち、フェディラの血を拭う。

 

 

施術の結果、壊死しかけた鼻を救うため、フェディラは本物の医師にかかって本格的な治療を受けなければならなかった。そうしなければ彼女は「鼻の半分」を失っていただろう、と治療を担当した美容外科医のフィリップ・ケストモン医師は言う。「自殺しようかと思ったこともありました。先生がいなければ、もうこの世にいなかったかもしれません」とフェディラは言う。傷跡はちょっと化粧すれば隠れるぐらいになった。でも彼女はいまも「悔やんで」いる。「以前の方がいまより100倍、好きだった。顔がこわばって笑うこともできない」と嘆く。フェディラが施術者を告訴すると、脅迫電話がかかってくるようになった。

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長期的影響は不明

番組の取材を受けた形成外科全国組合会長で美容外科医のアデル・ルアフィ医師は、被害を受けた患者が「日々」診療所を訪れると言い、「違法な注射の件数はとても多く、被害者は加速度的に増えつづけています」と憂える。

パリのジョルジュ・ポンピドゥー病院の形成外科医、ローラン・ランティエリ医師も、「賢いのにだまされて被害者となる女性」の多さを嘆く。いったんダメージを受けると、「(元の状態まで)回復するのに非常に時間がかかる」とも言う。「最終的にはなんとか戻っても、長期的にどんな影響があるかわからず、後遺症が出る可能性もあります」と警鐘を鳴らした。

どちらの医師も、ヒアルロン酸注射が処方箋なしで、どこの薬局でも合法的に購入できる現状が問題であることを指摘した。

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女性はお金がかかる。

番組の最後では、若い女性たちが自分の外見に執着する様子が紹介される。ともに19歳のジュリアとマエは、マルセイユの街角で、新しいふっくらとした唇を誇らしげに見せびらかしている。自分の外見に月400ユーロ(約6万円)も費やしているという。美容注射からまつ毛エクステ、マニキュア、ワックス脱毛など。ジュリアはカメラに向かい、「いまどきの女性はお金がかかるのよ」と言う。

マエの方は、この費用を「インフルエンサー」としての活動でまかなっている。SNS、特にTikTokでは1万人以上にフォローされているそうだ。こうして彼女は毎月、唇の注射を非正規の施設で受けている。費用は180ユーロ(約2万4000円)で、医師による施術の半額だ。ちゃんとした医者にかかった方がいいのではという質問に対して、マエの母親は答えをはぐらかした。「ぶっちゃけ、医者で受けられるなんて知らなかったよ。私に言わせりゃあんなの、医療行為じゃない。娘は病気じゃない。これはエステなんだ」

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おいしいビジネス

フランス南西部に住む23歳のインフルエンサー、マノンは、「ぺたんこでふっくらしていない」自分の唇にコンプレックスを持っており、自称「看護師」の女性による施術を受けている。ここでも優先されるのは、追加注射で120ユーロ(約1万8000円)という、ちゃんとした美容外科を訪れるよりも魅力的な価格だ。どっちみち、「リスクがゼロのことはありえないし」とマノンは言い訳する。

番組のカメラの前でマノンに施術することを承諾した自称専門家は、1日あたり5人ぐらいの客があり、月に5000〜7000ユーロ(約70〜100万円)を得ていることを明かした。現金の支払いに限定し、収入は税務署へ申告しない。

 

 

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視聴者の怒り

番組の放送後、SNSでは視聴者のコメントが殺到した。「恐ろしい」「悲惨」「現実とは思えない」など、ツイッターは多くのメッセージで溢れかえった。視聴者は呆れながら、違法施術を行う者たちに対して憤る。「違法な施術者たちがやっていることは明らかに犯罪行為」、「盗っ人インフルエンサーが違法な施術を宣伝する間にも顔をダメにする人が生まれ、SNSで広まる美の基準やコンプレックスを利用して金儲けするなんて、ほんとうにひどい」といった怒りのツイートが寄せられた。

現在までに、形成外科全国組合は、違法な注射をおこなう業者をすでに十件以上告訴している。被害者は増加の一途をたどっており、フランスにはこうした業者が100人以上いるそうだ。

text: Victoria Hidoussi (madame.lefigaro.fr)

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