受け継いだ価値を進化させ繋ぐ「アトツギ」を、憧れの存在に。【BWAアワード2024受賞者:山野千枝】

Society & Business 2024.11.20

「こうあるべき」にとらわれず、自分の感性や思いを大切にしながら働くことを通して社会にインパクトを与える次世代のロールモデルたちに光を当てるフィガロジャポンBusiness with Attitude(BWA)Award。4回目となる今年のテーマは、「新しいスタンダードを築き上げる女性たち」。

社会や業界の課題に向き合い、自身の熱い思いを胸に、新しい生き方、働き方の可能性を発信する女性たちのストーリーを紹介します。


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山野千枝
【 一般社団法人ベンチャー型事業承継代表理事 】

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山野千枝(やまの ちえ):1969年、岡山県生まれ。コンサルティング会社を経て、2000年より大阪産業創造館に創業メンバーとして参画。ビジネス情報誌の編集長として多くの経営者を取材するうちに、後継者たちが社会に活力を与えていることに着目。18年、一般社団法人ベンチャー型事業承継を設立。社会に新しい価値を生む後継者の新規事業開発や業務改善を後押しする。企業のブランディングを手がける千年治商店の代表取締役でもある。https://take-over.jp/

日本の企業の99%を占める中小企業は、日本経済の活力を支える重要な存在だ。しかしいま、全国で社長の高齢化が進み、後継者の不在が課題となっている。最近では子どもに苦労させたくない、あるいは子ども自身が継ぎたくないといった理由で廃業するケースも少なくない。

「後継ぎというと、世間では役立たずとかボンボンといったネガティブなイメージを持たれることがある。でも実際には、会社の存続のために歯を食いしばって、技術革新や新規事業の開発に挑んでいるかっこいい後継者がたくさんいます」と、一般社団法人ベンチャー型事業承継代表理事の山野千枝は言う。

「スタートアップには群がるのに、後継者が見過ごされているのは残念でなりません。さまざまな困難を乗り越えて挑戦する後継ぎたちを憧れの存在にしたい。それが地域の次世代にも繋がるから」

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アトツギベンチャーのスローガンとは、「History Meetsthe Future」。先代からの経営資源に自分らしさを加え、未来に繋いでいく。
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後継者候補の学生に向けて大学でも教鞭をとる山野。その知見を生かし、2冊を上梓。 

後継者に着目したきっかけは、中小企業を支援する大阪産業創造館のビジネス情報誌「ビープラッツ」の編集長として、多くの経営者を取材したことだった。コンセプトは"路地裏のヒーローを探せ"。とりわけ心を動かされたのが、後継ぎたちの話だ。順風満帆な成功譚ではなく、親子であるがゆえの軋轢に悩み、苦しい経営と向き合いながら会社を進化させた人たちの話は熱量に満ちていた。産婦人科医院を営む家に生まれた山野も、3代目の父と後を継いだ弟のぎくしゃくした関係を見ていたから、ファミリービジネスの難しさは身に染みている。

「世代交代の難しさは、コンサルタントの力で解決できるものでもない。もっと本質的に事業継承のイメージを変える環境や文化を作っていこうと動き出しました」

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後継ぎを「アトツギ」とカタカナ表記するようになったのも、漢字の字面が放つ受け身のイメージを払拭したかったから。2018年には一般社団法人ベンチャー型事業承継を設立し、アトツギたちの支援に乗り出した。ベンチャー型という言葉には、先代から受け継いだ有形無形の価値をベースに、新規事業や業態転換などに挑戦して社会に価値を生み出すという意味が込められている。

これまで2500人の挑戦に携わってきた同法人が注力するのが、オンラインコミュニティ、ファーストの運営だ。会員は約300人。アトツギたちが互いの経験を共有しながら経営手法を学ぶ場となっており、好きなテーマで交流するサークル活動も活発で、「同世代の仲間と話すだけでちょっとした悩みが解決し、熱量を維持できる」という。

「アトツギはたまたまその事業を営む家庭に生まれただけなので、最初からその仕事が好きだという人はほとんどいない。でも実はそれがイノベーションの源泉になる。″たまたま"を自分らしさに寄せることで、新しい価値を生むことが可能になる」

山野が例に挙げたのが、1947年創業のアパレルメーカー双葉商事(大阪府)の4代目、深井喜翔だ。大手繊維メーカーを経て25歳の時に家業に入社。大量生産、大量廃棄を前提とした業界の構造に疑問を抱いていた深井は、社会性と事業性を両立できる事業モデルを探していた。

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写真左から双葉商事4 代目の深井喜翔と2代目の祖父、3 代目の父。喜翔は現在、家業とスタートアップ両社の経営に取り組む。
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左:カポックノットでは、大手企業との研究開発の末に、カポック繊維の商品化に成功。ダウンやジャケットを販売する。 右:アパレルの大量生産・廃棄の課題に取り組みたいと喜翔が注目した木の実、カポック。

そんな時、繊維の勉強のために働いていた旭化成で出合った天然素材カポックを思い出す。東南アジアに育つ自生植物の実であるカポックは、吸湿発熱の性質がある。高い機能性にチャンスを見いだした深井は2019年、カポックを使ったサステイナブルブランド、カポックノットを立ち上げた。クラウドファンディングで累計6000万円を集めて話題を呼び、全国の百貨店や商業施設でポップアップを展開するなど着実に進化を続けている。

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山野自身も自分のやりたいことに事業を寄せて突き進んできたように見えるが、落ち込んだこともあった。仕事で多忙を極める中、48歳で離婚を経験。50歳でがんが見つかった。管理職としてのストレスも相当あったし、無意識のうちに心も身体もダメージを受けていたのかもしれないと振り返る。治療を経て仕事に復帰したいまは、とにかく無理をしないことを意識している。

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闘病中の写真をシェアしてくれた山野は、「みんな病気にはなるし、人知れず闘病している女性もいる。それを隠さなくていい世の中になるといいのにね」と語る。

目指すのは事業拡大ではなく、アトツギをカルチャーとして定着させること。

「たとえ私の名前が残らなくても、預かった価値を次世代に残すという文化は残っていく。受け継いだ価値を次の人に渡すまで存続させるという概念は、ビジネスだけではなく、あらゆることに当てはまります。この時間もこの状態も、過去や未来から預かっているもの。それをいかに持続可能なものにしていくか。それがこれからのスタンダードになっていくのではないでしょうか」

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Judges' Comments

篠原ともえ(デザイナー/アーティスト)
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後継ぎの不足は日本の中小企業の成長において、深刻な問題になっている。この課題に新たな視点で挑んでいるのが女性であるということが大変誇らしい。

工藤七子(一般財団法人社会変革推進財団(SIIF)常務理事)
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日本の中小企業、特に地域経済を下支えする地方の地場企業の存在感は大きく、ポテンシャルのある企業が後継者不在で失われていくのは大きな損失。後継ぎという地味な存在をリブランディングし、かっこいい2代目、3代目を生み出してきたインパクトは大きい。

モルガン・ミエル(仏「マダムフィガロ」誌 ビジネス担当編集長)
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フランスでは、伝統を継続するにはそれを壊すことを知らなくてはならないと言う。その難しさをサポートするのが彼女の事業。先代と異なるビジョンをあえて認め、個人のクリエイティビティを生かすことが、これまで築いてきた豊かさを守ることに繋がる。

BWA Award 2024の受賞者一覧を見る

photography: Ami Harita text: Atsuko Koizumi

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